余市湾にほど近い大川町の真ん中あたり、札幌・小樽と繋がる国道5号線沿いに昔ながらの佇まいの鮮魚店があります。
一鱗(いちうろこ)新岡商店。
創業は1971年。社長の新岡恭司さんが当時勤めていた農協を辞め、友人の魚屋さんを買い取ったことが始まりです。
「魚が好きで、魚しか食べなかったんだ。農協辞めて、山から海へ!」とおちゃめに話す恭司さん。2021年には創業50年を迎えたそうです。
お店は社長の恭司さん、奥様の良子さん、専務の崇さんご家族に加え、二人の女性が働いており、5人体制で営業しています。
「二人は40年以上働いてくれてるんだ。こんなにありがたいことはない。」とかみしめるように言う恭司さん。
「あっという間だったねぇ。」と、奥様の良子さん。創業50年の時、表彰の話もあったけれど断ったという恭司さん。「そんな柄じゃないしな。」と、奥様に笑いかけました。
笑顔弾ける店
お店には取材中も次々と色んなお客さんがやって来ます。
「こんにちは!」
「久しぶりー」
「あの、○○ありますか?」
皆さんに共通するのは笑顔。恭司さんや崇さんとの会話はもちろん、時にはお客さん同士で話が弾むことも。お魚の話だけでなく、ちょっとした世間話に花が咲きます。
常連さんも、最初はちょっと緊張気味の観光客の方も、お店を出る頃にはみんな笑顔。楽しそうに帰って行くのが日常の風景となっています。
「人がいいから損してばっかりなんだ」と笑う恭司さん。
「いっつもこんな感じなの!社長が元気ないのは魚がない時!」そう言う崇さんも笑顔です。
転機
崇さんはこの数年、新しい道を切り開いています。
「今は社長とぼくの二人の方向性を融合させてやってる感じだね。社長は安くいっぱい買ってもらいたい。ぼくは、いいものに価値を付けて、より良いものを適正な値段で提供したい。」
この余市の魚の価値を高めたい。常にそう考え模索してきた崇さん。
転機となったのは、町内のロカンダ(宿泊施設を備えたレストラン)、余市Sagra(サグラ)との出会いでした。
Sagraオーナーの、高品質な余市の魚をより良い状態で提供してほしい、という要望に応えるための方法を模索し、出会ったのが「津本式血抜き」。魚から完全に血を抜くことができるため、臭みがないのはもちろん、旨みを最大限に引き出すことができる。その究極の技を身につけ、新たな道が開けたそうです。
「フェイスブックで、あるシェフがぼくの魚を買ったよ、という投稿をしてくれて、その投稿を見た別のシェフが連絡くれたり、実際にお店に来てくれたりしてね。東京のレストランとか、色んな人と繋がっていって。」
また崇さんの人柄に惚れ込み、余市の魚の良さはもちろん、崇さんという人の人柄を伝えたい、という人との出会いが大きかったそうです。
「その人が、余市の魚の当たり前は、東京や他の地域ではすごいことなんだよ、すごい価値があることなんだよ。余市ってすごいんだよって教えてくれたんだよ。」
明るい笑顔と確かな手仕事。お客様の要望を丁寧に聞き、必要な情報を提供する的確さ。余市と人を想う心。この人の魚だから買いたい、食べたい。崇さんという人の魅力と、その明るいパワーが宿った余市の魚の魅力が、全国に広がっています。
余市の価値を伝える
終始明るい笑顔でユーモアを交えてお話される崇さん。今後の展開は、との問いには、静かに、そして先を見据えるような眼差しで応えてくださいました。
「四季の移ろいを魚で感じてもらいたい。
ニシンは春告魚。これから春になる時に採れる魚でしょ。春になったらホッケがきて、桜が咲く頃に来るからサクラマス。夏はウニ・イカだよね。そして秋はシャケ。秋ジャケって言うでしょ。冬はタラ、アンコウ。
そういう風に、この魚がきたから今春なんだね、秋がきたんだね。同じニシンでも、季節進んだから身が白くなってきたな。脂のってきたから今この時期なんだなとか、そうやって魚で季節を感じてもらいたい。今ここでとれたものをここで売る。それが余市ならではの価値だと思う。」
寒流と暖流が交差する豊かな漁場、余市湾。その恵みと豊かさを伝えたい。知って欲しい。
「余市と余市近郊の魚はやっぱり質がいいんだよ。山の土壌にシャケの成分が見つかったりするのは、川を上ってきたシャケを熊が食べて、そして山に帰るから。海も山も、自然はみんな繋がってるんだ。」
今、試作中なのは「ニシンの切り込み」。切り込みとは、切った生ニシンと麹、塩などをあわせ発酵させた伝統的な郷土料理です。
「値段安くってなると、海外産のニシンで、となるけど、余市のものにこだわりたい。」と、余市産のニシンで作っています。
今後は加工場や調理場を整備して、求めやすい商品と、繊細な処理をほどこした良質な商品を提供するコーナーを共存し、充実させたいという崇さん。
経験の積み重ねと、新しい技術。昔ながらの良きもの。それらを融合した新しい道は、始まったばかり。
常に進化を続けるフロム余市、メイドイン余市の鮮魚店 新岡商店。
今後の展開に期待です。
有限会社一鱗 新岡商店
余市町大川町6-30
TEL 0135-23-5618
営業時間 平日9:00~16:00 日曜日9:00~15:00 不定休
撮影・文 田口りえ